事業理念、会社概要と沿革

会社概要

会社名 株式会社 伸和工作所
本社所在地 奈良県北葛城郡王寺町畠田5丁目17-27
奈良工場所在地 奈良県橿原市十市町333 株式会社 ジェイテクト奈良工場内
香芝工場所在地 奈良県香芝市上中495-1
電話番号 0744-22-7811
FAX番号 0744-22-7811
メールアドレス info@shinwa-mfg.com
ウェブサイト www.shinwa-mfg.com
代表者名 磯田 剛
資本金  三百万円
取引銀行  りそな銀行 京都銀行 大和信用金庫
取得許可等 機械器具設置工事業 [(般-26)15713号]
一般労働者派遣事業許可 [派29-300123]
古物商許可 [641170000596]
設立年月 1969年 8月

事業内容

工作機械、専用機の設計と制作
工作機械、専用機の分解、組立、擦り合わせ、精度出し調整
汎用機、専用機の治具等の載せ変えによる改造工事
工場設備(生産ライン等)の作業性改善などの工事
汎用旋盤、フライス盤等での機械加工作業

取得資格

機械保全作業2級、油圧装置調整作業2級、空気圧装置組立作業2級
玉掛け、床上操作式クレーン、ガス溶接、アーク溶接、フォークリフト、
研磨砥石取替え、危険物取り扱い(乙四)等の安全技能講習受講者

 少し詳しい沿革

1969年 8月 「三和精機」設立。初代社長 磯田 温夫と従業員2名でスタート。光洋機械工業(株)八尾工場にて機械組立の請負業務を行う。フライス盤等の組立て作業を行う
1971年 8月 「伸和工作所」に社名変更。新たに従業員が入り、社長含め5名に
1972年 8月 光洋機械工業(株)中川工場開設に伴い、従業員を派遣、同様に機械組立の請負業務を行う
1974年10月  光洋機械工業(株)八尾工場を撤退。従業員は中川工場へ
1975年10月  光洋自動機 奈良工場にて機械組立の請負業務を行う。生産技術部設備管理課に所属。機械設備の修理を行う
1977年10月  光洋機械工業(株)中川工場を撤退。従業員は同八尾工場へ
1978年 5月  光洋機械工業(株)八尾工場を撤退。従業員は光洋自動機と柏原機械へ。小型、大型サンダーランド、搖動試験機、XLLO(エキセロ)R研磨機、等々の修理を行う
1986年 1月  光洋自動機(株)豊橋工場操業開始
1987年 4月  光洋自動機(株)と光洋精工(株)が合弁。この頃より生産技術部の方の設計で開発機の組立て作業に従事。手動センター出し機、ドリルリーマピン打ち機、4軸対向加工機、ダウエルピン加工機等
1988年 5月  現社長の磯田 剛が入社。電動パワーステアリグの立上げ支援
1989年 8~11月 トヨタ移管ライン立上げ支援
1992年 自主研で深夜まで取り組む
1993年11月 豊橋工場、第3工場竣工。ホースラインの立ち上げ支援
1996年 2月 豊橋工場にて軽四、安全ハンドルライン立上げ支援
1998年 豊橋工場にてX-56、ターコル、NBCライン立上げ支援。ロール冷鍛機立上げ支援
1999年 1月 豊橋工場にてX-64、MR-2組立、010Nホースライン立上げ支援。Fカー組立、MPV組立、パジェロ組立、P-EPSライン立上げ支援
2001年 4月 初の海外出張業務を行う・・・KST(現JTC)へ
2004年 5月 T&K(現JAMY)へR/Bラインの立上げ支援
2005年 1月 常用から請負に業務形態を変更
2007年 5月 富士機工(株)新居工場へ2名出向
2007年 7月2日 法人会社設立 社名を 株式会社 伸和工作所に変更。磯田剛が代表取締役に就任
2007年 9月 EPS11組新規設備設計始まる
2007年 12月 EPS11組設備製作及び立上げに四苦八苦
2008年 従来の機械組立て調整に加え、機械設計、電気設計等も行い、洗浄機、圧入機、組立作業台等の新作設備の製作も手掛ける
2008年 6月 従業員数過去最大の13名に
2008年 6月 第1期決算<黒字>初のボーナス支給
2009年 1月 富士機工(株)新居工場出向終了
2009年 4月 リーマンショックの煽りを受け、この月の売り上げ高『40万円強』
2016年 7月 事業理念「ものづくりは未来への贈り物 一人一人が感謝と思いやりの心を持ち 熱意と向上心で社会に役立つものづくりを 総力を結集して未来へつなぐ」を制定
2017年 2月 ホームページ開設
2017年 4月 初めて高校新卒を採用
2017年 5月 初のゴルフコンペ「S-CUP」主催
2018年 9月 香芝工場竣工予定